この意味するところは、礼(礼儀)、節(節度)、技(技術・技能)を身につけ、高い品性とコミュニケーション能力をもった音楽家・音楽人を養成することです。
| 1930年 4月 | 下八川圭祐 声楽研究所創立 日本の音楽界でいち早く「総合的なオペラ教育」を理念に掲げる。 |
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| 1940年 1月 | 東京声専音楽学校 設置許可
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| 4月 | 東京声専音楽学校開設 (東京市淀橋区/現:東京都新宿区) |
| 1945年 4月頃 | 戦災により校舎全焼 |
| 1947年 5月 | 夜間部の授業を復活 堀内敬三、作曲家・指揮者のマンフレット・グルリット、 藤原歌劇団の創立者・藤原義江らが講師陣に名を連ねた。
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| 1952年 4月 | 大久保(東京都新宿区)に校舎が完成 |
| 1953年 2月 | グルリット・オペラ協会旗揚げ公演「魔笛」(日本初演)に全面協力 教員養成所の指定を文部省(現:文部科学省)から受ける。 |
| 1957年 10月 | 第1回声専オペラ・モーツァルト「魔笛」を日本青年館で公演 当時には例のなかった、学外ホールでの学校オペラの公演を実現。 |
| 1958年 4月 | 学校法人東京声専音楽学校認可 |
| 1969年 2月 | 学校法人東成学園と改称認可
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| 4月 | 昭和音楽短期大学開学(神奈川県厚木市) |
| 1971年 6月 | ヴェルディ「ナブッコ」日本初演(演奏会形式) 指揮:星出豊 構成:黒田恭一 管弦楽:新星日本交響楽団 (現:東京フィルハーモニー交響楽団) |
| 1976年 10月 | 国立ブレーメン芸術大学(西ドイツ:当時)音楽科と交流 |
| 12月 | ヘンデル「メサイア」第1回公演 |
| 1979年 11月 | グルック「アウリスのイフィゲニア」全曲日本初演 声専オペラが10年ぶりに学園オペラとして復活。 指揮:星出豊 演出:粟國安彦 |
| 1980年 10月 | 初のオーケストラ秋季定期演奏会開催 指揮:ハンス・レーヴライン客員教授(元ベルリン国立歌劇場首席指揮者) |
| 1981年 6月 | イタリア国立ローマ・サンタ・チェチリア音楽院と交流 クラシック音楽最古の400年以上の歴史を持つ同音楽院の、 アカデミアおよびコンセルヴァトーリオと交流関係を結ぶ。
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| 10月 | 附属音楽教室厚木校を設置
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| 1983年 5月 | セルジョ・ペルティカローリ教授(ピアノ)を招聘 国立ローマ・サンタ・チェチリア音楽院副学長の同教授を初めて招聘。 |
| 10月 | ヴィタリーニ作曲「ダヴィデ王」が学園オペラで世界初演される ローマ教皇庁の要請により、キリスト没後1950年を記念する同作品の世界初演を果たす。
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| 1984年 4月 | 昭和音楽大学開学(神奈川県厚木市) 同時に昭和音楽短期大学の名称を昭和音楽大学短期大学部と改称。 |
| 1985年 11月 | 旧ソ連の名ピアニスト、タチアナ・ニコライエワを招聘 |
| 1987年 5月 | イタリアの名テノール、カルロ・ベルゴンツィを招聘し、声楽公開レッスンを開催 |
| 1989年 4月 | 東京声専音楽学校を昭和音楽芸術学院と改称、新百合ヶ丘(神奈川県川崎市)に移転 |
| 10月 | ウィーン国立音楽大学との交流公演「フィガロの結婚」 ケルビーノは当時同大学在学中のアンゲリカ・キルヒシュラーガー、 世界的バス・バリトン、ワルター・ベリー教授の公開レッスンを開催。 |
| 1991年 4月 | 昭和音楽大学生涯学習センター、昭和音楽大学オペラ研究所を開設 |
| 1993年 9月 | 米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と交流協定を締結 |
| 10月 | 学園オペラでA・スカルラッティ「ミトリダーラ・エウパトーレ」を日本初演 |
| 1994年 5月 | 北イタリア・ヴェネト州スキアヴォンに学園の研修施設「イタリア研修所」を開設 |
| 10月 | ドニゼッティ「オリーヴォとパスクワーレ」を日本初演 日伊音楽文化交流「音楽の虹」で、イタリア・コモ市のテアトロ・ソチャーレでも公演。
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| 1998年 4月 | 昭和音楽大学大学院開設(神奈川県厚木市) |
| 2007年 4月 | 大学施設移転 昭和音楽大学・昭和音楽大学短期大学部・昭和音楽大学大学院を新百合ヶ丘(神奈川県川崎市)に移転 |


東京声専音楽学校校舎
1939~40年ごろ
マンフレット・グルリットを囲んで(右端は下八川圭祐)
〈声専オペラ〉『夢遊病の娘』(ベッリーニ・日本初演)
国立ローマ・サンタ・チェチリア音楽院との交流
左から下八川圭祐、砂原美智子教授、
〈東成学園オペラ〉
〈大学オペラ〉