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ニュース
2023/11/16
お知らせ

【公演レビュー】大学オペラ公演2023『愛の妙薬』

2023年10月7日(土)、8(日)大学オペラ公演2023『愛の妙薬』がテアトロ・ジーリオ・ショウワにて開催されました。

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公演レビュー

1957年に始まって以来、今年で第48回となる昭和音楽大学オペラ公演は、11年ぶりのドニゼッティの名作「愛の妙薬」。20年以上毎年観てきた者としては、昭和のオペラの代名詞というくらいに親しみがある演目だ。過去の上演史をみてもドニゼッティの作品は飛び抜けて上演回数が多く、若い歌手たちの声に合っている作品として、大切にされてきた歴史がある。

今回新演出を手掛けたのは、2007年の初登場以来昭和のオペラ公演に深く関わってきたイタリアの名演出家マルコ・ガンディーニ。直前におこなわれたローマ歌劇場来日公演「トスカ」でも師匠ゼッフィレッリの演出を生き生きと復活させて話題となったばかり。指揮はムーティの信頼厚い実力派ニコラ・パスコフスキで、5回目の登場。イタリア・オペラ界の第一線の二人の牽引により、プロ・クオリティの上演が今年も実現した。

 

舞台は秋に収穫を終えた麦畑の風景だが、見上げるような巨大な機械があり、積み藁ではなく巻き藁が畑に置かれている。村人たちの衣装は伝統的なヨーロッパを思わせるが、背景の奥のほうに円い物体が見える。太陽か月か、あるいは何かの建造物なのか。場面が変わるたびに位置や色も変わるので、ちょっと不思議な印象を与える。必ずしもノスタルジックな古き良き時代の再現というだけではなく、近代化の新しい波が村人たちの共同体を揺るがしつつあることを暗示しているのかもしれない。

 

この村人たちにとって重要だったのが本の存在である。ヒロインの村娘、アディーナ(米田七海、安定した高い歌唱技術と存在感)を特別たらしめているのが、彼女が他の仲間の輪に加わらず興味深そうに本を読んでいることなのだ。村人たちがアディーナの持っている本に強い好奇心をもつ場面が印象的だったが、かつて本とは情報や知識のみならず、自由と新しい価値観の象徴であった。

一見愚鈍で純情朴訥な農夫ネモリーノ(西山広大、艶やかな声で伸びしろを感じさせた)は、そんなアディーナの価値を一番わかっている。自分が愚かであることをわきまえつつ、知的な女性を崇拝し愛することのできる点が他の男たちと違う。ネモリーノの愛に気づいたアディーナが彼のことを「思慮深くて優しい」と言うのはなかなかに深い。

それに対して、軍曹のベルコーレ(小野田佳祐、歌も見栄えも立派)を筆頭に、村にやってくる軍人の男たちは、身なりはキラキラとして立派だが女性とみればすぐに口説き、村娘たちも簡単に気を失う。このあたりは皮肉の効いた演出である。アディーナの友人のジャンネッタ(石谷莉奈、華やかで目を惹いた)がいることで、村娘たち全体が平板にならず生き生きと見えたのも良かった。

薬売りのドゥルカマーラ(徐大愚、立派で表情豊か)は、表面上はいかにも信頼のおける人物として振る舞うのだが、そのときの殺し文句が「科学」というのはいつの時代も同じ。何度見ても面白いキャラクターである。

 

パスコフスキの指揮はいつものように生き生きとした推進力を目指していたが、今回はレチタティーヴォを支えるピアノ(石井美紀)ともども、オーケストラの中の弱音やちょっとしたソロの表情が特に良く、合唱ともどもアンサンブルを聴く楽しみを味わうことができた。個々の学生たちの技量の高さと集中力、すべてのキャストとスタッフが共に舞台を作り上げるチームワークは昭和のオペラの最大の美点である。

 

この幸福感いっぱいのオペラの中で、やはり印象的なのは、声の表情の変化である。たとえば、軍隊に入ろうと決断したネモリーノの愛の深さに気づいたアディーナの声の変化。薬の効果を疑うのか?と反駁するときのドゥルカマーラの声の変化。アディーナの心に気づいたネモリーノが、切ない愛の高まりを歌うときの声の変化。

声という楽器が、これほどまでに人間の心の変化を精妙に映し出すということの素晴らしさ――それがベルカントの魅力であり、昭和が「愛の妙薬」を大切してきた理由でもあるのだろう。

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撮影(10月7日公演)

三浦 興一

筆者紹介

林田 直樹 Naoki Hayashida

埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバーまで、近年では美術や文学なども含む、幅広い分野で取材・著述活動を行なう。

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