2024年9月29日昭和音楽大学管弦楽団特別演奏会がテアトロ・ジーリオ・ショウワにて行われました。
【公演レビュー】2024年9月29日昭和音楽大学管弦楽団特別演奏会ラドヴァン・ヴラトコヴィチ客員教授を迎えて
指揮
時任 康文
演奏
昭和音楽大学管弦楽団
プログラム
シャブリエ 狂詩曲≪スペイン≫
シャブリエ ラルゲット ホルンと管弦楽のための
モーツァルト ホルン協奏曲第3番 変ホ長調
ブラームス 交響曲第4番 ホ短調
公演レビュー
世界最高のホルン奏者の一人、ラドヴァン・ヴラトコヴィチ(1962年ザグレブ生まれ)の名前は、1990年代から熱心な音楽ファンの間では有名であった。レコーディングも数多く、知る人ぞ知る大スターである。時任康文指揮昭和音楽大学管弦楽団との共演がどうなるか、期待に胸を高鳴らせて足を運んだ人も多かったようだ。
まず、フランス近代の作曲家シャブリエの代表的作品でもある狂詩曲「スペイン」の活気ある演奏で祝祭的な雰囲気を盛り上げた後に、いよいよヴラトコヴィチの登場。
同じくシャブリエの「ホルンと管弦楽のためのラルゲット」は、1曲目の華やかさとは対照的に、美しく抒情的な音楽。ヴラトコヴィチのソロは、さすがの別格の音色の豊かさで、単に良い音で吹くというだけでなく、その余韻が消えていくところまでしっかり意識的に音楽を作っていく。その設計がさすがだった。
ホルンという楽器は、トランペットやトロンボーンのように前方へと向けて音の輝きを飛ばすのではなく、間接的に柔らかく豊麗な音を作り出すところに独自の含蓄と味わいがあるが、ヴラトコヴィチの音色はそのお手本のようであった。
モーツァルトの「ホルン協奏曲第3番変ホ長調K.447」では、ヴラトコヴィチのホルンの音色にオーケストラが触発されていることが実感された。ピアニシモの微かな音量から、フォルティッシモで強奏するときのしびれるような雄大さまで、その表現の振幅の何とダイナミックだったことだろう。音楽の展開に応じた表情の設計の確かさもさすがだった。アンコールはサン=サーンスの「ロマンスop.36」が演奏された。こんなにも聴き手をうっとりさせるホルンをたっぷりと聴けるとは贅沢である。世界的な演奏家だけが示すことのできる「高み」は、若い演奏家にも聴衆にも、素晴らしい刺激だった。
休憩をはさんで後半のメインは、オケが主役となって、ブラームスの「交響曲第4番ホ短調op.98」。ブラームスの交響曲を聴くといつも感じることだが、やはりこれは「大きな室内楽」でもある。つまり指揮者が統率するだけでなく、いかに奏者たちがお互いの音を聴き合いながら、自発的にアンサンブルを作り出していくかが問われるのだ。
いつもながら時任康文の指揮は丁寧で献身的で、オーケストラを的確に引っ張っていく。ゆったりとした解釈はこれぞブラームスという正統派で、納得感のあるもの。その理想はやはり「大きな室内楽」なのだろうと感じた。若いオーケストラもそれによく応えようとしながら、熱気ある演奏を繰り広げていた。
撮影
池上 直哉
筆者紹介
林田 直樹 Naoki Hayashida
埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバーまで、近年では美術や文学なども含む、幅広い分野で取材・著述活動を行なう。