2025年10月11日(土)、12日(日)大学オペラ公演2025『ラ・ボエーム』がテアトロ・ジーリオ・ショウワにて開催されました。
【公演レビュー】大学オペラ公演2025「ラ・ボエーム」
公演レビュー
これまで昭和音楽大学はオペラ公演の演目のほとんどを、若い声にとって最良のレパートリーとされてきたベルカント・オペラ、あるいはモーツァルトから選定してきた。
だが今回は何と「ラ・ボエーム」。これは1982年の「修道女アンジェリカ」以来、何と43年ぶりのプッチーニとなる。
上演が始まってみて、舞台を観ながら、ああなるほど「ラ・ボエーム」ならありだろうと思った。
このオペラは単なるラブストーリーではない。若く貧しい芸術家たちの魂のドラマである。19世紀パリのカルチェ・ラタンを舞台としていても、この現代の困難な時代において、勇気をもって芸術を志す若者たちの心にこそ響く作品である。それを昭和音大の若い歌手たちが自ら演じることで、強い共感のともなった上演が可能となる。
中村芽吹(ミミ)、中井奈穂(ムゼッタ)、原優一(ロドルフォ)、市川宥一郎(マルチェッロ)、友杉誠志(ショナール)、平賀僚太(コッリーネ)ら、全キャストが若さと機敏な動きで、雰囲気豊かに、気持ちのこもった歌と演技で楽しませてくれた。
マルコ・ガンディーニの演出は、第1幕の舞台で金属製の椅子を使うなど現代的な部屋として描く。最初に描かれるのは現実生活そのものなのだ。しかしミミが登場しロドルフォとの出会いが始まったとたんに、背景のパネルに植物的な幻想が投影され、やがて月も見えてくる。恋の始まりによって自然と結びついた詩的なインスピレーションが舞台全体を支配するのだ。このアイディアは素晴らしい。
第2幕の街の華やぎも、子供たちの生き生きとした声と演技によって効果的に表現され、クリスマスの赤を衣装に散りばめることで夢の世界を見せてくれた。第3幕と第4幕の演出はより内面的な人間性にフォーカスしたもので、思いやりと友情にあふれた若い仲間たちの無邪気さ、貧しさ、察しの良さ、明るく試練を乗り越えようとする希望への意志、彼らを打ちのめす突然の悲劇、そういったドラマを鮮やかに描き出していた。
たとえば、友人のひとりであるショナールが、ミミの死に最初に気づいて腰を抜かす場面。呼吸をしていないことに気が付く彼はやはり音楽家なのである。こうした細部の細かい演劇性が、全体を感銘深い舞台へと昇華させていた。
プッチーニを上演するもう一つのメリットとしては、オーケストラにとって貴重な成長の契機となることである。プッチーニの近代的で精緻な管弦楽法を知ることによって、器楽奏者たちの経験値は飛躍的に上がる。それは必ず20世紀作品の演奏に生かされる。
二コラ・パスコフスキの指揮は、速めのテンポできびきびと運ぶ場面と、ここぞという聴かせどころでゆっくりと歌う場面のメリハリが効いていて、ドラマのうねりを見事に音楽化していた。
それにしても、プッチーニの音楽の感情を動かす力は尋常ではない。人を涙させる力が強いのだ。劇中で起きているあらゆる細やか出来事、空気感、それらすべてが音で精密に描かれている――近代オペラ芸術のひとつの到達点である。それを、歌手やオーケストラのみならず合唱、スタッフらも含めて、十分一般の観客を楽しませる舞台として作り上げてしまう昭和音大の総合力はさすがである。
撮影
三浦 興一
筆者紹介
林田 直樹 Naoki Hayashida
埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業、音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバーまで、近年では美術や文学なども含む、幅広い分野で取材・著述活動を行なう。


